読んで。受け取って。すすめてください。

♥ ご意見

コリントの信徒への手紙二 11

キリストの花嫁を守る

パウロが偽使徒と呼ぶ対立する教師たちが、報酬を取り、手荒く扱いながら、コリントの人々の心をつかんでいる。愚か者を演じて、彼は自らの経歴を列挙する。鞭打ち、難船、飢え、絶え間ない危険、そして諸教会への日々の心配。誇らなければならないのなら、彼は自分の弱さを誇る。

第11章。

わたしの少しばかりの愚かさを我慢してくれるとよいのだが。いや、あなたがたはわたしを我慢してくれている。 わたしは、わたしたちの父の熱情をもって、あなたがたのために熱心になっている。あなたがたを清い処女としてキリストにささげるため、一人の夫と婚約させたのだから。 しかしわたしは恐れている。蛇が悪巧みによってエバを欺いたように、あなたがたの思いが汚され、キリストへの純真で清い献身から離れてしまうのではないかと。 だれかがやって来て、わたしたちが宣べ伝えたのとは別のイエスを宣べ伝えても、あるいはあなたがたが受けたのとは異なる霊を受けても、受け入れたのとは異なる福音を受けても、あなたがたは平気で我慢している。 それでもわたしは、あの「大使徒たち」に少しも劣ってはいないと思っている。 たとえ話し方は拙くても、知識においてはそうではない。わたしたちはあらゆる方法で、すべてにおいて、このことをあなたがたに明らかにしてきた。

それとも、あなたがたを高めるためにわたし自身を低くしたことが罪だったのだろうか。わたしたちの父の福音を、無償であなたがたに宣べ伝えたのだから。 わたしはあなたがたに仕えるために、他の諸教会から援助を受けて、彼らから奪い取った。 あなたがたと共にいて乏しかったときも、わたしはだれにも負担をかけなかった。マケドニアから来た兄弟たちが、わたしの足りないものを補ってくれたのだ。わたしはどんなことでもあなたがたに負担をかけないようにしてきたし、これからもそうするつもりだ。 キリストの真理がわたしの内にあるからには、この誇りがアカイア地方で封じられることはない。 なぜか。わたしがあなたがたを愛していないからか。わたしたちの父は、わたしが愛していることをご存じだ。

わたしは今していることを続けるつもりだ。それは、自分たちが誇っていることでわたしたちと同等とみなされる機会を求めている者たちから、その機会を断ち切るためである。 こういう者たちは偽使徒であり、人を欺く働き手であって、キリストの使徒を装っているのだ。 それも不思議ではない。サタンでさえ光の天使を装うのだから。 だから、その手下どもが義に仕える者を装うのも驚くには当たらない。彼らの最期は、その行いにふさわしいものとなるだろう。

愚か者の苦難の誇り

繰り返して言うが、だれもわたしを愚か者と思わないでほしい。だが、もしそう思うのなら、愚か者としてでも受け入れてほしい。わたしも少しは誇れるように。 この誇りに満ちて語ることを、わたしは主に従ってではなく、愚か者として語っている。 多くの者が人間的な基準によって誇っているのだから、わたしも誇ることにしよう。 あなたがたは賢いのだから、愚か者を喜んで我慢している。 だれかがあなたがたを奴隷にしても、食い物にしても、つけ込んでも、いばっても、顔を平手打ちにしても、あなたがたは我慢している。 恥をしのんで言うが、わたしたちはそんなことをするには弱すぎた。しかし、だれかが何かをあえて誇るなら——愚かを承知で言うが——わたしもあえて誇ろう。 彼らはヘブライ人か。わたしもそうだ。イスラエル人か。わたしもそうだ。アブラハムの子孫か。わたしもそうだ。 キリストに仕える者か。気が変になったように言うが、わたしはそれ以上だ。はるかに多く労苦し、多く投獄され、はかり知れないほど打たれ、しばしば死に直面した。 ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を、わたしは五度受けた。 a a v24 ユダヤの律法は最大四十回までの鞭打ちを許していた。誤って法定の限度を超えないよう、三十九回が与えられた。 三度は棒で打たれ、一度は石を投げられ、三度は難船した。一昼夜、わたしは海の深みで過ごした。 絶えず旅を続け、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海での難、偽兄弟の中での難に遭った。 労苦し、辛苦し、幾夜も眠らず、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さと裸にさらされた。

そのほかにも、日々わたしにのしかかる重荷、すなわちすべての教会についての心づかいがある。 だれかが弱っているのに、わたしが弱らないでいられようか。だれかがつまずかされているのに、わたしが憤りに燃えないでいられようか。

誇らなければならないのなら、わたしは自分の弱さを示す事柄を誇ろう。 わたしたちの父、すなわち永遠にほめたたえられる、主イエスの御父は、わたしが偽っていないことをご存じである。 ダマスコでは、アレタス王の代官が、わたしを捕らえようとして町を見張っていた。 しかしわたしは、城壁の窓から籠でつり降ろされて、彼の手を逃れた。

A young man reading the Father's Heart Bible (FHB) print edition in a coffee shop 印刷版が出ました

コメント

この章から受け取った思いや問い、心に響いた一言を、ここで分かち合ってください。コメントをくださった方のお名前は、貢献者の一覧に加えられます。

読むこと、コピーすること、分かち合うことは、どなたにも開かれていて、アカウントは要りません。コメント、マーカー、読んでいる場所の保存は無料のアカウントでご利用いただけます。コメントをくださった方のお名前は、貢献者の一覧に加えられます。

家族に加わってください — 無料です →
  • まだコメントはありません。最初の一言をお寄せください。