3 1 さて、ファリサイ派に属する一人の人がいて、名をニコデモといい、ユダヤ人の議員であった。 2 この人が、夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしたちは、あなたがわたしたちの父のもとから来られた教師であることを知っています。わたしたちの父が共におられなければ、あなたのなさるこれらのしるしを、だれも行うことはできないからです。」
3 イエスは答えられた。「はっきり言っておく。だれでも上から生まれなければ、わたしたちの父の国を見ることはできない。」 a a v3 「アノーテン」は「上から」と「再び」の両方を意味する。ニコデモは「再び」と聞き取ったため、母の胎に再び入ることについて問うている(4節)。
4 ニコデモは言った。「人は年をとってから、どうして生まれることができるでしょうか。もう一度母の胎に入って生まれることができるでしょうか。」
5 イエスは答えられた。「はっきり言っておく。だれでも水と聖霊とによって生まれなければ、わたしたちの父の国に入ることはできない。」 6 肉から生まれたものは肉であり、聖霊から生まれたものは霊である。 7 『あなたがたは上から生まれなければならない』とわたしが言ったからといって、驚いてはならない。 8 風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、どこから来てどこへ行くのかを知らない。霊から生まれた者もみな、同じである。 b b v8 同じ言葉が「風」と「霊」の両方を意味する。イエスは、感じることはできても跡をたどれないものを用いて、新しい命を与える方を描いておられる。
9 ニコデモは言った。「どうして、そんなことがありえるのでしょうか。」
10 イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、これらのことが分からないのか。」 11 はっきり言っておく。わたしたちは知っていることを語り、見たことを証ししているのに、あなたがたはわたしたちの証しを受け入れない。 12 わたしが地上のことを話しても、あなたがたは信じない。まして天上のことを話したところで、どうして信じるだろうか。 13 天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、だれも天に昇った者はいない。 14 モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。 c c v14 モーセは荒れ野で青銅の蛇を竿の先に掲げた。蛇にかまれたイスラエルの人が、それを仰ぎ見て生きるためであった(民数記21章8〜9節)。 15 それは、彼を信じる者がみな、永遠の命を得るためである。 16 わたしたちの父は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。それは、御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。 d d v16 御子をお与えになった愛は、御父の愛である。わたしたちの父は、見知らぬ者を世に遣わされたのではない。ご自分の御子イエスをお与えになったのは、わたしたちが御子として家に帰ることができるためであった。 17 わたしたちの父が御子を世にお遣わしになったのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。 18 御子を信じる者は裁かれない。信じない者はすでに裁かれている。わたしたちの父の独り子の名を信じなかったからである。 19 その裁きとはこうである。光が世に来たのに、人々は自分の行いが悪いために、光よりも闇を愛した。 20 悪を行う者はみな光を憎み、その行いが明るみに出されないように、光の方に来ない。 21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが、わたしたちの父にあってなされたことが、明らかにされるためである。
ユダヤで洗礼を授ける
22 この後、イエスは弟子たちとユダヤの地方に行き、彼らと共にそこに滞在して、洗礼を授けておられた。 23 ヨハネもサリムに近いアイノンで洗礼を授けていた。そこには水が豊かにあったからである。人々は来て、洗礼を受けていた。 24 ヨハネはまだ投獄されていなかったのである。 25 さて、ヨハネの弟子たちと一人のユダヤ人との間で、清めのことについて議論が起こった。 26 彼らはヨハネのもとに来て言った。「ラビ、ヨルダン川の向こうであなたと一緒にいた方、あなたが証しされたあの方が、洗礼を授けておられます。そして、みながあの方のもとへ行っています。」
27 ヨハネは答えた。「天から与えられなければ、人は何一つ受けることはできない。」 28 あなたがた自身が、わたしのために証しをすることができる。わたしは、自分はキリストではなく、あの方より先に遣わされた者だ、と言ったのだ。 29 花嫁を迎える者は花婿である——それはイエスである。花婿の友人は、そばに立って耳を傾け、花婿の声を聞いて大いに喜ぶ。だから、わたしの喜びは今、満ち足りている。 e e v29 ヨハネはイエスを花婿と呼んでいる——わたしたちの父が、ご自分の愛する民である花嫁のもとに来ると、長く約束してこられた方である。ヨハネの喜びは、ついに婚礼が訪れたことを喜ぶ、友人の喜びである。 30 あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。
31 上から来る方は、すべてのものの上におられる。地から出る者は地に属し、地のことを語る。天から来る方は、すべてのものの上におられる。 32 この方は、見たこと聞いたことを証しされるが、だれもその証しを受け入れない。 33 その証しを受け入れる者は、わたしたちの父が真実であることを確証する。 34 わたしたちの父がお遣わしになった方は、わたしたちの父の言葉を語られる。父が限りなく聖霊をお与えになるからである。 35 わたしたちの父は御子を愛し、すべてのものをその手にお与えになった。 f f v35 この節に示された御父と御子の愛は、神ご自身の内なる命——永遠で、変わることなく、わたしたちの父が御子に託して世へと携えさせた、すべてのものの源である。 36 御子を信じる者は永遠の命を得ている。御子に従わない者は命を見ることがなく、わたしたちの父の怒りがその上にとどまる。