読んで。受け取って。すすめてください。

♥ ご意見

イザヤ書 6

イザヤ、御座を見る

第6章。

ウジヤ王が死んだ年、わたしは主イエスが、高くあげられた御座に座しておられるのを見た。その衣の裾は神殿を満たしていた。 a a v1 使徒ヨハネは、イザヤがイエスの栄光を見たと告げている——ヨハネ12:41。 その上にはセラフィムが立っていた。それぞれ六つの翼を持ち、二つで顔を覆い、二つで足を覆い、二つで飛んでいた。 彼らは互いに呼び交わした。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、わたしたちの父、御子、そして聖霊、万軍の主。全地はその栄光に満ちている。」 b b v3 セラフィムの三度の「聖なるかな」は、キリスト教の伝統において三位一体の神への礼拝として聞かれてきた。新約聖書は、この御座の幻の各位格の名を挙げている。イエス(ヨハネ12:41)、聖霊(使徒言行録28:25)、そして父——ヨハネの並行する幻に響いている(黙示録4:8)。

その声の響きに、敷居の基が揺れ動き、宮は煙に満ちた。 そこでわたしは言った。「災いだ。わたしは滅びる。わたしは汚れた唇の者、汚れた唇の民の中に住んでいる。しかもわたしの目は、王なる方、イエス、全天の万軍の主を見たのだ。」

するとセラフィムの一人が、祭壇から火ばさみで取った燃える炭を手にして、わたしのところに飛んで来た。 彼はそれをわたしの口に触れさせて言った。「見よ、これがあなたの唇に触れた。あなたの咎は取り去られ、あなたの罪は贖われた。」

それからわたしは、わたしたちの主イエスの声を聞いた。「わたしは誰を遣わそうか。誰がわたしたちのために行くだろうか。」わたしは言った。「ここにわたしがおります。わたしを遣わしてください。」

主は言われた。「行って、この民に告げよ。『聞き続けよ、だが決して悟るな。見続けよ、だが決して認めるな。』 この民の心を鈍くし、 その耳を遠くし、その目を 閉ざせ。彼らがその目で見、 その耳で聞き、 その心で悟り、 立ち返って癒やされることのないように。」

そこでわたしは言った。「主イエスよ、いつまでですか。」主は答えられた。「町々が廃墟となって荒れ果て、家々に住む者もなく、この地がことごとく荒れ廃れるまで、

「わたしたちの父がこの民を遠くへ追いやり、 広大な荒れ地がこの地を覆うまで。 c c v12 御座におられるイエスは、ここでわたしたちの父の名を挙げている——同じ神の異なる位格、すなわち民を捕囚へと送り出す方の名を挙げているのである。

その中に十分の一が残っても、それは再び焼き払われる—— 切り倒されても切り株が残るテレビンの木や樫の木のように。聖なる 種こそ、その切り株である。」 d d v13 テレビンの木とは、樫の木に似た、大きく枝を広げる木で、切り倒されると広い切り株を残す。

A young man reading the Father's Heart Bible (FHB) print edition in a coffee shop 印刷版が出ました

コメント

この章から受け取った思いや問い、心に響いた一言を、ここで分かち合ってください。コメントをくださった方のお名前は、貢献者の一覧に加えられます。

読むこと、コピーすること、分かち合うことは、どなたにも開かれていて、アカウントは要りません。コメント、マーカー、読んでいる場所の保存は無料のアカウントでご利用いただけます。コメントをくださった方のお名前は、貢献者の一覧に加えられます。

家族に加わってください — 無料です →
  • まだコメントはありません。最初の一言をお寄せください。