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イザヤ書 9

ガリラヤに光が昇る

第9章。

しかし、苦しみのうちにあった地に、もはや闇はない。かつてはゼブルンの地とナフタリの地を低くされたが、後には海沿いの道、ヨルダンの向こう、諸国民のガリラヤに栄光を与えられた。 a a v1 マタイはこの預言を、ガリラヤにおけるイエスの働きに当てはめている——マタイ4:15-16。ゼブルンとナフタリに昇るその光とは、イエスご自身である。 闇の中を歩む民は、 大いなる光を見た。 深い闇の地に住む者の上に、光が輝いた。 b b v2 マタイは、この光がイエスにおいて昇ったと告げている——彼はこの言葉そのものを、ガリラヤでの働きの始まりに当てはめている(マタイ4:15-16)。 あなたは国民を増し加え、 その喜びを増し加えられた。 彼らは、刈り入れの時の喜びのように、 また分捕り物を分けるときに人々が喜ぶように、あなたの御前で喜ぶ。 彼の重荷のくびき、その肩に置かれた棒、 彼を虐げる者の杖を、あなたはミディアンの日のように打ち砕かれた。 戦いのどよめきの中で地を踏みつける戦士のすべての履物と、 血にまみれたすべての衣とは、 焼かれて火の薪となる。 ひとりのみどりごが、わたしたちのために生まれ、 ひとりの男の子が、わたしたちに与えられた。 主権はその肩にある。 その名は「不思議な助言者、 力ある神、永遠の父、 平和の君」と唱えられる。 その主権の増し加わることと平和とに、終わりはない。ダビデの王座とその王国の上にあって、これを堅く立て、今より、とこしえに、公正と義とをもって、これを支える。 天の軍勢の父の熱意が、これを成し遂げる。 c c v7 ダビデの王座は、イエスにおいてその永遠の王を見いだす——ルカ1:32-33。わたしたちの父、すべての天の軍勢の主は、地上のどの王にもなし得なかったことを成し遂げられる。すなわち、終わりのない公正と義の王国を。

ヤコブの高ぶりに対する言葉

主権者なる父は、ヤコブに向かって言葉を送られ、 それはイスラエルの上に落ちた。 民はみなそれを知る—— エフライムと、 サマリアの住民、すなわち 高ぶり、傲慢な心をもってこう言う者たちは。 「れんがは崩れ落ちた。 だが、わたしたちは切り石で建て直そう。いちじく桑は切り倒された。だが、わたしたちはその代わりに杉を植えよう。」 そこで、わたしたちの父は彼らに対して レツィンの敵を立ち上がらせ、その敵どもを奮い立たせられる。 東からはアラム、 西からはペリシテ人が、 口を大きく開けてイスラエルを食い尽くした。それでもなお、御怒りは去らず、 御手はなお伸ばされている。

それでも民は、自分たちを打たれた方に立ち返らず、 天の軍勢の父を求めもしなかった。 そこで、わたしたちの父はイスラエルから頭と尾、なつめやしの枝と葦とを、 一日のうちに断ち切られた。 長老と尊ばれる人とが 頭であり、偽りを教える預言者が尾である。 この民を導く者たちは彼らを迷わせ、 彼らに導かれる者たちは呑み込まれるからである。 それゆえ、主権者なる父は彼らの若者たちを喜ばれず、 みなしごとやもめとを憐れまれない。 だれもかれも神を敬わず、悪を行う者であり、すべての口が愚かなことを語るからである。それでもなお、御怒りは去らず、 御手はなお伸ばされている。

悪は火のように燃え、 いばらとおどろとを焼き尽くし、 森の茂みに火をつけ、 それらは煙の柱となって立ち上る。 天の軍勢の父の怒りによって、地は焼け焦がれ、 民は火の薪のようになった。 だれも自分の兄弟を惜しまない。 彼らは右側で切り取っても、 なお飢え、 左側で食らっても、 満ち足りない。 おのおの自分の腕の肉を食らう。 マナセはエフライムを食らい、 エフライムはマナセを食らい、 共にユダに立ち向かう。 それでもなお、御怒りは去らず、 御手はなお伸ばされている。

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